診てもらいたくはない。でも、読んでいるぶんには最高だ――『イン・ザ・プール』を読んで
奥田英朗さんの『イン・ザ・プール』で覚えているのは、水泳をやめられなくなった男と、陰茎強直症に悩む男。そして、その患者たちよりもはるかにぶっ飛んでいる精神科医・伊良部である。
患者たちは、本気で困っている。
泳がずにはいられない。自分の身体を思いどおりにできない。本人にとっては、笑い事では済まされない悩みである。
ところが伊良部には、医者らしいところがほとんどない。
患者の話を静かに聞いて、気持ちを受け止め、もっともらしい助言をする。そんな普通の医者を想像していると、ことごとく裏切られる。患者の悩みよりも、自分の興味や欲望のままに動いているようにしか見えない。
こんな医者に任せて大丈夫なのか。
読んでいるこちらが心配になるのに、なぜか患者たちは少しずつ変わっていく。
伊良部は、患者の悩みに正面から答えているわけではない。むしろ、患者が閉じ込められている常識を、外から乱暴に壊してしまう。
こう振る舞わなければならない。人から変に思われてはいけない。こんなことで悩む自分はおかしい。
患者たちが大切に抱えているそんな前提を、伊良部はまるで気にしない。相手と同じ場所まで平然と降りてきて、一緒になって馬鹿なことをする。
悩んでいる人に必要なのは、いつも正しい言葉とは限らないのかもしれない。
私自身に、そうやって救われた具体的な経験があるわけではない。それでも、その感覚は分かる気がする。
悩みが消えたのではなく、笑った拍子に、悩みと自分との間に少しだけ距離ができる。それまで目の前を塞いでいたものを、外側から眺められるようになる。
伊良部がしているのは、治療というより、そういう隙間をつくることなのだろう。
もっとも、実際に自分が患者になったら、伊良部には診てもらいたくない。
まともに話を聞いてもらえる気がしないし、診察室に入ったことをすぐ後悔しそうである。安心して身を任せられる医者とは、とても思えない。
でも、読んでいるぶんには最高だ。
あまりに馬鹿馬鹿しくて笑っているうちに、患者だけでなく、読んでいるこちらの肩からも少し力が抜けていく。
『イン・ザ・プール』は、その可笑しさを最後まで可笑しいまま描いている。そこが何より痛快だった。
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