本気で仕事をする人は、本気でやっている顔をしない――『俺たちの箱根駅伝』を読んで
本当に仕事へ信念を持って取り組んでいる人は、案外それが周りから見えないものなのだと思う。
自分がどれほど考え、どれほど動いているかを、いちいちアピールしない。「やっている感」も出さない。
分かってもらえなくても構わない。
もしかすると、もうそういう次元に立っている。
『俺たちの箱根駅伝』を読んでいて、そんな人が一番格好よく見えた。
誰も見ていないチームを、見続けていた人
学生連合チームが上位へ来ると予想していた人は、ほとんどいなかった。
だから、中継する側も十分な取材をしていない。予想に反して順位を上げてくると、選手の背景やチームの事情を細かく伝えられないという事態になる。
生中継で、話す材料がない。
そのうえ、中継の中心を担うセンターアナウンサーが病欠し、急に穴が開く。
代役を依頼されたのが、ベテランアナウンサーだった。本人はしぶしぶ引き受ける。
記憶では、取材を始めたのは代役を頼まれてからだったと思う。しぶしぶ引き受けたはずなのに、誰も注目していなかった学生連合チームへ何度も足を運び、選手やチームの背景を丁寧に拾っていた。
派手に動いている様子を見せるでもなく、自分だけが準備していると周囲に訴えるでもない。
予想外に学生連合チームが上位へ浮上したとき、その蓄積がものをいう。ほかの誰にもできない細かな解説で、危機に陥りかけた中継を支えた。
土壇場で突然すごい働きをしたのではない。
誰にも見えていなかった仕事が、土壇場でようやく見えたのだ。
もちろん、現実の仕事では情報共有も必要だ。誰にも言わず一人で抱え込むことが、いつも正しいわけではない。
※ここから物語終盤の内容に触れます
もう一つ、涙が止まらなくなった場面がある。
学生連合チームには、なかなか練習に馴染まず、指示にも従わない選手がいた。
ところが後になって、彼がただ反抗していたのではないことが分かる。
彼の所属大学の監督は、学生連合チームで副監督を務めていた。しかし、チームの方針に納得できず途中で辞め、自大学の選手にも連合チームを離れるよう働きかけていた。
彼は、所属大学の監督と学生連合チームの間に挟まれていたのだ。
事情を知ると、それまでの態度がまるで違って見える。それでも彼は最後に、自分の走りで示した。
そして給水地点に現れたのが、その大学の監督だった。
監督は、出てきたときにはもう号泣していた。
選手の走りを見て、何かがすでに崩れていたのだと思う。長く残っていたわだかまりも、大人同士の対立も、その涙と一緒に浄化されていくように見えた。
ここで、私の涙も崩壊した。
言葉で説得したわけではない。どちらかがうまく謝ったわけでもない。
走る姿が、先に相手へ届いた。