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『頭のいい人の短く深く眠る法』を読んで · 読書・実践記

睡眠を削ってみたら、増えたのは時間だけだった――『頭のいい人の短く深く眠る法』

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結論から言えば、無理だった。

藤本憲幸の『頭のいい人の短く深く眠る法』を読んで、短時間睡眠を実際に試したことがある。でも、日中の眠気に勝てず、思い描いた生活にはならなかった。

それでも、当時の僕には試してみるだけの理由があった。

速読と短時間睡眠が魅力的だった頃

仕事もしたい。本も読みたい。新しいことも学びたい。1日が24時間では足りない気がしていた。

その頃は速読にも興味があった。読むことにかかる時間を縮められれば、もっと多くの本に触れられる。睡眠も同じように短縮できないだろうか。そんな発想だったと思う。

睡眠時間を1日2時間減らせたら、1週間で14時間。計算の上では、1年で730時間になる。

もちろん、ただ眠らずに起きていたかったわけではない。短くても疲れが取れ、集中できるなら、という条件つきだ。訓練すればそうなれるのか。生まれつき短時間睡眠で平気な人と、何が違うのか。興味があった。

試して初めて気づいたこと

本を読んだだけでは終わらなかった。

自分でも睡眠時間を短くしてみた。徐々に減らすことも試した記憶がある。ただ、何時間まで減らしたのか、細かな手順までは覚えていない。

はっきり覚えているのは、昼間の眠気だ。

確かに、起きている時間は長くなった。けれど、その時間に頭が十分働くわけではない。集中力は続かないし、眠い。

増やしたかったのは、仕事や読書に使える時間だったはずだ。眠気を抱えたまま机に向かう時間ではない。

やがて、短時間睡眠を身につけることは諦めた。僕にはできなかった。

少し生き急いでいたのかもしれない

今振り返ると、何でも効率化したかったのだろうと思う。

もっと時間があれば、もっと学べる。もっと仕事ができる。睡眠を削るという発想の根っこには、そんな気持ちがあった。

速読も短時間睡眠も、興味を持ったことを自分で試すという点では似ている。うまくいかなかったからといって、試したこと自体を後悔しているわけではない。

ただ、睡眠に関しては、時間の長さばかりを見ていた。

現在も睡眠への関心は強い。でも、考えているのは、いかに短く眠るかではなく、どうすれば十分に眠れるか、ということだ。

1日を長くするつもりで削った睡眠が、起きている時間の質まで削ってしまった。

数字だけを見ていた頃の自分には、実際に試すまで、それがなかなか分からなかった。

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