違う時代に生きる自分を想像する――荻原浩『僕たちの戦争』
タイムスリップや入れ替わりを描いた話には、なぜか惹かれる。「もし自分が別の時代にいたら」と考え始めると、物語の外にある自分の生活まで、少し違って見えてくる。
同じ9月12日に生きる二人
物語で時代を入れ替わるのは、現代を生きる健太と、戦争末期を生きる吾一だ。二人がいたのは、どちらも9月12日。健太は戦時中へ、海軍の飛行練習生である吾一は現代へやってくる。
健太が海に出たのは、ニューヨークで9・11の同時多発テロが起きた翌日だった。戦争が遠い過去の話ではない時期に、彼は日本の戦時下へ行く。この日付の重なりも、改めて考えると気になる設定だ。
最初は、まるで違う環境に放り込まれた二人の反応が面白い。自分が知る常識が通じないことに戸惑い、目の前で起きていることを何とか理解しようとする。その姿には、荻原浩らしいユーモアもある。
一方で、展開が進むにつれて笑ってばかりはいられなくなる。戦争の結末を知っている健太が、その時代の中で生きる。吾一は、自分が守ろうとしていた国の未来を目にする。同じ入れ替わりでも、二人が背負うものは違う。
吾一の目を通して見る現代
特に覚えているのは、吾一の視点だ。僕たちには見慣れた街や暮らしが、戦時中から来た彼には見知らぬ光景になる。今の便利さや豊かさを、そのまま喜べるとは限らないところも考えさせられる。
それでも、時代が違えば人の気持ちまでまったく別になるわけではない。誰かを大切に思うことや、自分の行く先に迷うこと。二人の違いだけでなく、通じ合う部分もあるから、物語として引き込まれたのだと思う。
物語から自分のルーツへ
こういう本を読むたびに、僕の頭には「もしも」が次々に浮かぶ。
もし自分が戦時中に生まれていたら、どんな毎日を送っただろう。もし祖先の誰かが、あの時代に別の道をたどっていたら。もし生き延びていなかったら、今の自分はここにいないかもしれない。
タイムスリップや入れ替わりの話を読むと、自分のルーツに思いを馳せるのがいつも一組になる。祖母に、覚えている範囲で当時のことを聞いたりもした。小説から始まった想像が、自分につながる人たちの時間へと続いていく。
ここから先は、物語の結末に触れます。
答えがないから残るもの
終盤には、いろいろな感情がこみ上げた記憶がある。ただ、結末で入れ替わったのが二人のどちらなのかは、はっきり書かれていない。
読み終えた瞬間には、答えが欲しくなったかもしれない。でも、今振り返ると、あの曖昧さがいい。どちらだったのだろうと考える時間が、読み終えたあとにも続いていく。
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僕たちの戦争