「今のままで困っていない」に勝つ――『野村総合研究所はこうして紙を無くした!』を読んで
新しい仕組みを説明していると、たまに言う人がいる。
「今のままで困っていない」
その言葉を聞きながら、表向きは冷静に説明を続ける。
けれど、心の中ではこうである。
「おーのーれーー!」
『野村総合研究所はこうして紙を無くした!』を読んで印象に残ったのは、紙をなくす技術ではなかった。
会社全体を、どうやって動かしたのか。
結局、改革の難しさはそこにあるのだと思った。
正しいだけでは、何も変わらない
個人や数人のチームなら、良いと思った方法をその場で試せる。
しかし、対象が会社全体になると話は変わる。
便利になる。費用が下がる。探す時間が減る。情報を共有しやすくなる。
メリットをいくら並べても、それだけでは動かない。
大きな組織では、部署ごとの役割や手順がある。誰が責任を持つのか。誰の仕事が増えるのか。いままでのやり方を変えることで、誰の権限や立場に影響するのか。
「やったほうが絶対にいい」で成立しない次元に、本当の答えがある。
この本を読んだとき、ペーパーレス化の事例というより、組織を動かす方法の本なのだと感じた。
会社の利益と、現場の利益は同じではない
私自身、新しいシステムを導入するときには、変化を嫌う人たちの反対に何度も苦労してきた。
なぜ使わないのかと思う。今より便利になるのに、と。
けれど、現場から見れば事情は違う。
新しい操作を覚えなければならない。移行期間は仕事が増える。慣れるまでは帰りが遅くなる。それでも給与や査定が良くなるわけではない。
会社には利益があっても、使う本人には負担のほうが先に来る。
そう考えると、反対する側にも理屈はある。
それでも「今のままで困っていない」と言われると、やはり腹は立つ。
本人は困っていなくても、そのやり方を維持するために、別の部署で誰かが転記し、確認し、数字を合わせ直していることがある。
個人の不便がないことと、会社全体に無駄がないことは別なのだ。
推進力は、技術力ではない
システムを作れば、使ってもらえると思っていた時期がある。
実際には、完成しただけでは導入は始まってすらいない。
必要だったのは、各部署のリーダーを先に取り込み、味方になってもらうことだった。
さらに、「便利になります」という抽象的な説明では足りない。導入すれば作業時間がどれだけ減るのかを数字で示す。まず一部の部署で試し、実際に出た成果を見せる。
技術より先に、根回しがいる。説明する順番もいる。
面倒で、華やかさもない。
それでも、そこを飛ばすと動かない。
推進力は、技術力ではない。
良い仕組みを作る力と、それを組織に根づかせる力は、まったく別のものなのだ。
それでも、全員は納得しない
各部署のリーダーに説明し、数字を示し、試験導入の成果を見せる。
そこまでやっても、最後まで納得しない人はいる。
以前は、それを説明不足だと思っていた。全員に理解してもらえるまで話せばいい、と。
けれど、変化によって受ける負担も、守りたい仕事のやり方も、人によって違う。全員が同じ温度で賛成する状態など、最初から存在しないのかもしれない。
紙をなくすという結果は、目に見える。
しかし、その前には、数えきれない説明と調整がある。順序を考え、味方を増やし、反対を受け止め、それでも前へ進める。
改革を実現した本当の技術は、そこにあったのだと思う。
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野村総合研究所はこうして紙を無くした!