『歌うクジラ』村上龍|二度目でようやく読破。それでもムラカミワールドの全貌は見えなかった
村上龍の『歌うクジラ』には、一度挫折している。
以前挑戦したときは、途中で読むのをやめてしまった。
そして今回、再挑戦。上下巻を何とか読み切った。
ところが、読み終えても、どうにもすっきりしない。
最後まで読めば何かわかるはずだ。読み進めていけば、バラバラだった設定や出来事がつながって、壮大な世界の全貌が見えてくるんじゃないか。
そんな期待を持っていた。
結局、それが何なのか、よくわからないまま終わってしまった。
ムラカミワールドのクセがすごい。
不老不死から始まる、とんでもない未来
物語の舞台は、遠い未来の日本。
ザトウクジラから発見された不老不死に関わる遺伝子をきっかけに、人間社会は大きく変わっている。
人々は徹底的に階層化され、政府の管理下に置かれている。
主人公は15歳の少年アキラ。人類の秘密に関わるデータを託され、さまざまな場所を旅していく。
設定を聞いただけなら、実に面白そうだ。
不老不死、遺伝子技術、階級社会、管理された人間たち。村上龍がこれらをどう料理するのか、興味をそそられる。
ところが、いざ読んでみると、これがなかなか大変だった。
独自の制度や階級、奇妙な人物たち。次々と登場する設定を理解するだけでも一苦労だ。
個々の場面では、なるほどと思う部分もある。
でも、それらがどうつながって、物語全体として何を描こうとしているのか。どうも自分の中でまとまらない。
読んではいる。話も進んでいる。
なのに、作者の作り上げた世界に、自分がちゃんとついていけている気がしないのだ。
読み切れば何かが見えると思った
一度目は途中でやめてしまった。
だから二度目は、何とか最後まで読みたかった。
単に読破したという実績が欲しかったわけではない。村上龍の作品なのだから、最後まで読めば何か大きな構想が見えてくるはずだと思っていた。
読み進めれば、今は理解できない設定も腑に落ちるかもしれない。
登場人物たちの行動にも、物語全体を貫く意味が見えてくるかもしれない。
そんな期待を持ってページをめくった。
そして、どうにか読破した。
ただ、達成感よりも、消化不良感のほうが強かった。
最後まで読んだのに、まだ何かを取りこぼしている気がする。
これほど長く、複雑な世界を描き切った村上龍の想像力は凄まじい。そこには圧倒された。
でも、僕自身はその世界を十分に堪能するところまで到達できなかった。
そこが悔しい。
村上春樹のあの作品を思い出した
少し違うかもしれないけれど、読後に何となく思い出したのが、村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』だった。
作品の内容が似ているということではない。
どちらも、作者の頭の中には巨大で独特な世界が出来上がっているのだろうと思う。
それが文章になって目の前に広がっている。
ところが、読んでいる自分は、その世界を隅々まで理解できない。
作者にははっきり見えているものが、こちらにはぼんやりとしか見えていないような感覚。
そんな読後の印象が、何となく似ていた。
二人の村上が作り出す世界は、もちろん別物だ。
でも、どちらもムラカミワールドのクセがすごい。
自分の想像力が足りないのか、読み方が合っていないのか。それとも、そもそも一度や二度で理解できるような作品ではないのか。
そこもよくわからない。
好きだから、また読みたいわけではない
『半島を出よ』や『オールド・テロリスト』なら、また読みたいと思えば気楽に手が伸びる。
面白いとわかっているし、あの痛快な物語をもう一度楽しみたいから。
でも『歌うクジラ』は違う。
正直に言うと、自分の好みにぴったり合った作品ではなかった。
また読みたいかと聞かれたら、積極的に「読みたい!」とは答えないと思う。
ただ、時間があればもう一度挑戦したい。
そこは少し矛盾している。
何しろ、まだ十分に堪能できていないのが悔しい。
今度読めば、前回よくわからなかった設定が少しは腑に落ちるかもしれない。時間を置いて読むことで、思いもよらなかったつながりが見えてくる可能性もある。
そして何より、村上龍が描こうとした壮大な世界に、今度こそ少しでも近づいてみたい。
今なら、と思えるときに
『歌うクジラ』は、自分が知る村上龍作品の中でも相当の変わり種だと思う。
これほど複雑で、奇妙で、果てしなく広がっていく世界を描くことは、村上龍自身にとっても何らかのチャレンジだったのかもしれない。
それが何だったのか、僕にはまだわからない。
二度目でようやく読破したというのに、作品の全貌をつかみきれなかった。
だからといって、つまらなかったと片づける気にもなれない。
あの果てしない想像力には、やっぱり圧倒されたからだ。
ただ、三度目に挑戦するには、少し覚悟がいる。
この本は、何だか試されている気がする。
次はもう少し理解できるんじゃないか。今度こそ、あの世界を十分に堪能できるんじゃないか。
そんなふうに「今なら」と思えるときが来たら、また手に取ると思う。
それまでは、次回の宿題だ。

